計画が必ず遅れるのはなぜか。ホフスタッターの法則とそれを回避するアイデア2選

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 10時に着くよーと言っていた者は、11時半に着くのである。
 今月中に終わるよーと言っていた者は、来月になっても呑気なままなのである。
 ゲームソフトの発売日は、必ずと言っていいほど延期になるのである。

 なぜなんだ。私は怒っている。

 どうやら人は未来に対して極めて楽観的な想像を描いているようなのである。
 明日こそは片付けなければならないことを全部やるぞ、と意気込んだものの、実際にその全てが完了された例が今までにあっただろうか。
 逆に、一つも片付かないままにだらっとしてしまった経験があるのではないか。私には山ほどある。

 認知科学の専門家ダグラス・ホフスタッターは、その著書『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』(ピュリッツァー賞受賞)において、「ホフスタッターの法則」を提唱した。

 計画中のどんな仕事も完成には予測以上の時間がかかる――たとえ、このホフスタッターの法則を計算に入れても。

 ホフスタッターの法則

 すなわち、全ての計画は遅れる運命にある、と言っている。遅れることを見越して計画を立てても、最終的には遅れるのである。
 なんということだ。

 なんとかそれを回避する方法はないのだろうか。

 

わかっているのに遅れてしまうのはなぜ?

 我々は未来に対して根拠なく楽観的である。
 なので、「この程度の仕事ならすぐに終わるだろう」と計画を短く見積もってしまう。

 だけど、我々は機械じゃないのである。
 集中力のある日もあれば、全く仕事が手に付かない時もある。飽きてきたりもする。イレギュラーな仕事が舞い込んできたりもする。
 計画を立てた時には、もしかしたら「毎日少しずつ準備をすれば、1ヶ月で完了するだろう」と見積もっていたのかもしれないけれど、おおよそ、毎日少しずつコツコツと仕事を片付けられる人のほうが稀なのである。
 で、結局は遅れることとなる。

 ある有名な研究結果がある。

 学生たちにエッセイを書かせ、いつまでに仕上げるつもりか事前に質問したところ、平均して締め切りの十日前までに仕上げたい、という答えだった。ところが、彼らが実際に書き上げたのは締め切り前日だったという。あとになって学生たちにあらためて質問したところ、「締め切り前日までかかることは最初からわかっていた」と、全員が答えたそうだ。

 オリバー・バークマン『HELP! 最強知的”お助け”本』下隆全・訳

 我々は物事を完成させるのに予測以上の時間がかかることを充分に理解しているにも関わらず、いざ何かをしようとすると、そのことを忘れてしまうのだ。誰でもそう。

 シドニーのオペラハウスは、当初の予定よりも10年遅れてようやく開場したが、そう、優秀な人たちが集まってこのような一大事業に取り組んでも、遅れてしまうという結果になるのである。

 

計画が遅れることによる3つのデメリットを箇条書きで

 ・計画の意味がない。

 ・達成されないことだらけであると、「自分は駄目なやつだ」とネガティブな気持ちになってしまう。

 ・期日内に終わらせようと急ぐあまり、ミスが増えるなど、良い結果を生まない場合もある。

 

遅れない計画を立てるための2つのアイデア

論理ではなく、感覚で計画を立ててみる

 計画は論理で立てるものである。当たり前の話だ。
 だけど、それが上手く行かないなら、違ったことを試してみる必要もあるのではないだろうか。

 従来の「論理で立てる計画」は、感情の入り込む余地とイレギュラーな事態に対応する応変さに欠ける傾向にある。
 前述の通り、人はロボットのように黙々と計画通りに仕事に取り組めるメンタルを持ち合わせているわけではない。飽きてきたり、何らかの理由で頓挫したりする。
 加え、計画外の事態が起こり得るということまで計画に入れておくのはなかなか難しいのである。
 これら理由で、当初の計画は遅れる要因を孕んでいることになる。

 であれば、「感情で立てる計画」を用いてみよう。
 詳細にはこだわらずに、ある程度大雑把に立案する。
 論理で工数を算出するのではなく、過去の経験に基づいて「前はどのくらいかかったかな」と自問しながら計画していくのである。

 もしかしたら、途中で論理的・楽観的な自分が顔を出して、出来上がった計画に対して「そんなにかかるわけないよ」と口出ししてくるかもしれない。
 だけど、「そんなにかかるわけない」根拠を考えたとき、恐らく反論は何も浮かばないだろう。
 つまりは「そんなにかかるわけない」その計画が、この場合は正しそうな計画なのである。

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敢えて計画を立てない

 大胆不敵な作戦である。
 もちろん、計画を第三者に提出しなくていい場合にのみ適用できる方法には違いないが、計画を立てないことによって、「今本当にすべきことが明確になる」というメリットがもたらされる。

 計画を遵守しなければならないとの意識が強すぎると、計画を修正することがためらわれて、その計画自体に欠陥があった場合でもそれに気づかない可能性が高い。
 計画を立てること自体にあれこれと頭を悩ませるあまり、実務が進まないという危険もある。

 であれば、計画など立てないで仕事をこなしていき、考えながら、実際に動きながら、進路を調整していくことでうまくいく場合もある。
 いくら考えても答えが出ない事象に関しては、あれこれ考えて無理矢理に計画を立案するよりも、計画はそっちのけで実際にやってみることで、答えが見えてきたりするのだ。

 計画が無駄だ、ということではない。
 むしろ私は計画を立てるのが好きであり、且つ、怠け者であるから計画がないとだらっとしてしまう。

 でも、綿密な計画が全てではない、ということである。
 大雑把な計画のほうが良い結果になる場合もあるし、計画なんてないほうが合理的な場合もある。
 必要に応じて、適切な手段を使っていきましょう、というのが本稿の論旨である。

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まとめ:計画が必ず遅れるのはなぜか。回避するアイデア2選

 人は、立案した計画よりも多くの時間が完成までにかかることをわかっていながら、期間の短い計画を立ててしまう傾向にある。
 従って、殆どの計画は遅れる運命にある。

 そういった杜撰な計画を作らないためには、2つのアイデアがある。
 1. 「論理」ではなく「感覚」を用いて、ある程度大雑把に計画を立ててみる。
 2. 敢えて計画を立てないで、実際に動きながら進路を調整する。