寂しいと感じるのは普通のこと。孤独を前向きに捉えるための4つの事実

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 人はひとりでは生きていけないと言う時、そこには「だから助け合わなきゃいけないんだよ」とか「だから結婚して家族を作らなきゃならないんだよ」とかいう主張が往々にして含まれるが、その根底には「人は社会的な動物である」という大原則が練り込まれている。
 人間は社会的な動物であり、本能で社会性を構築し、社会との繋がりを求める。そして、その社会性を元に社会のシステムが組み上がっているために、現実的にひとりで生きていくことは不可能。

 例えば、国民健康保険は、皆から毎月少しずつ徴収した国保税を、通院が必要な人にその都度還元することで、特定の人だけが医療費によって困窮しないよう皆で助け合いましょう、というシステムである。
 その他の税金に関しても、例えばそのお金を道路を舗装することに使用することによって皆が暮らしやすい街にしていく、という目的があって徴収され、使用される。
 何か買い物をするときに支払った消費税は、あなたの与り知らぬところで社会に貢献し、誰かを助けていることになるのである。

 にも関わらず、特に現代では「孤独」ということが問題視される。
 当たり前の話だが、毎日毎月税金を納めても社会的欲求は満たされないようなのである。

 そもそも、孤独とは何なのだろうか。
 それを知ることによって孤独が少し癒やされるかもしれない、というのが本稿の論旨である。

 孤独感は必ずしもネガティブなものではなく、考えようによってはポジティブなものである。
 それは「ひとりの時間を思いっきり楽しもう」などという陳腐な結論に着地するものではない。安心したまえ。

「孤独」は世界のいたるところにはびこり、ある意味で「悪感情」をしのいでいるとの研究結果もある。孤独の人々は病気になりやすく、早死にする傾向にあり、知的作業の成績も低いといわれる。ある最近の研究では、彼らの体温が普通の人より文字どおり冷たいことがわかったそうである。

  オリバー・バークマン『HELP! 最強知的”お助け”本』下隆全・訳

 

1. 孤独とは何か?

 孤独とは、寂しいと感じることであることは自明だが、もっと掘り下げてみよう。
 我々はいかなるときに孤独を感じ、さみしいと思うのか。

 それは、「他人から好かれていない」と感じるときである。
 誰からも好かれていない、或いは、好かれたい人から好かれていない気がする、と思い込むとき、人は孤独を感じるのである。
 実際に好かれているかどうかは関係ない。
 そのように思ってしまうときに孤独を感じ、寂しいと思うのである。

 重要なことは、孤独に悩む当人が社交的か社交的でないか、話がおもしろいかどうか、笑顔が素敵かどうかなどは、必ずしも孤独とは関係がないということである。
 つまり、自らの先天的なネガティブ(と思っている)な要素のせいで孤独を感じるわけではないのである。

 

2. 孤独感とは、孤立に対する防衛本能の一種である

 孤独を感じているときには、なぜか更に人を遠ざけてしまうことが往々にしてある。私もそうである。
 寂しくてつまんないな、と思って悶絶しているのに、自分からアクションを起こさないばかりか、人からの誘いに気乗りがせずにあえて断ったりしてしまう。
 孤独なのに、更なる孤独に自分を追いやってしまう。

 その一連の行動は矛盾しているようにも思えるが、それは一体なぜなのか。

 それはつまり、孤独とは、孤立してしまう恐怖に対する防衛本能だからである。

 孤独なときというのは、ことさら警戒心が高くなっている状態である。ここで何かあればさらに孤立して、社会的危険にさらされてしまうのではないかと恐れ、自分を守っているのである。
 我々の内にある防衛本能というやつも、なかなか厄介なことをしてくれるものである。

 孤独感が「孤立を恐れるための防衛本能」であるということは、我々は心の中では「孤立したくない」「さらなる孤独を感じたくない」と思っているということに他ならない。
 要するに、我々は真に孤独になりたくないための予防線として寂しいと感じるようになっているということだ。

 

3. 感じる孤独には個人差がある

 例えば、休日は人に会う約束で埋め尽くしておかないと落ち着かない人もいれば、休日くらいはひとりで過ごしたいという人もいる。
 人間は社会的な動物であり、孤立に対しては極めて脆弱な性質がある。孤立する恐れがあると、上記の通りに体が警報を発するようになっているが、その基準には個人差がある。

 上で述べた休日の過ごし方についてもそうだし、関わる人全てに好かれていないと不安な人もいれば、ある程度ドライに人間関係を構築する人もいる。
 それら、孤立に対する危機感アラームが発動される基準については、先天的・後天的な要素、しつけのされ方から人生経験によって人それぞれである。
 従って、自らの基準を人に押し付けることはなかなか難しいことである。

 

4. 孤独とは、向上心の一種とも考えることができる

 孤独だ寂しいと年中騒いでいるにも関わらず、傍から見れば、それなりの数の友人がいて、いつも一人なわけでもなく、社交性に乏しいわけでもない、というケースがあったりする。
 充実してるじゃん、それのどこが寂しいんだよ、と思ってしまう。

 しかしながら、孤独感とは相対的なものなのであり、個人差がある。
 ある人は、友人は1人で充分であり一年に一度ご飯でも食べれればいいかなと思っていても、ある人は20人の友人と毎日パーティーをしていても強烈な孤独を感じるかもしれない。

 上述の通り、孤独とは孤立を恐れるために発動されるものである。
 前向きに言い換えれば、今よりももっと強い人との繋がりを持ちたい、との欲求の発露であるとも言える。

 つまりは、孤独を感じることは、「人との繋がりをさらに積み上げていく必要を感じていること」と捉えることができるわけである。

 時々孤独を感じるということは、時々空腹や喉の渇きを感じることと同じである。(略)それはあなたがまともな人間であることを示すものだ。この兆候に注意を払い、いかにして長期にわたって続く満足に繋げるかが、今求められている技術なのである。

  オリバー・バークマン『HELP! 最強知的”お助け”本』下隆全・訳

 

まとめ:孤独を前向きに考えるために

 もし、喋るのが苦手だからとか、人と関わるのが得意じゃないから孤独なのだ、寂しいのだと感じている人がいれば、その孤独感はそれほど深刻なものではないし、そんなに悩む必要はないと言いたい。社交術の巧拙は、孤独の原因とは関係ない。
 むしろ、孤独感とは「人との繋がりをさらに積み上げていく必要を感じていること」なわけだから、そのように潜在的に前向きに考えることができているだけでも充分であると私は思う。

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 休日はいつも一人で過ごすことになっている私の意見としては、孤独なんかによって自暴自棄になったりする必要なんてどこにもないのだ。