農業というと悠々自適でのんびりとしていると思われがちです。人が「農業をやりたい」と言う時、そこには「何にも縛られずにのんびりと仕事をしたい」という意味が含まれているように思います。
私は農業法人に就職し、一年間は事務のデスクワーク、半年間は実際に現場にて農作業をしたことがあります。農業をやりたくて就農したわけではなく、ただ単に内定を貰ってしまったからその農業法人に就職したに過ぎないのですが、農業は世間で思われているような甘いものではないということを強く実感しました。米作りをしている会社でした。
一人で農作業に取り組んでいるだけならまだ悠々自適なライフスタイルも可能なのかもしれませんが、私見では農業法人として組織化された中で農業に取り組むといろいろなボロが出てくるように思います。コンプライアンスが声高に叫ばれている昨今では特に。
私が農業法人に就職してわかった9つのことをご紹介しましょう。
1. 労働時間は長い・休日は少ない・残業代は出ない
農家の朝は早いです。夏であれば夜明け頃の午前4時や5時から作業が始まり、昼寝を経て、日没までの作業となる場合が多いです。事務仕事があれば日没後に行うことになります。
個人農家などで、それが自分の家の仕事なのであればそれで構いません。問題となるのは農業法人の場合、それが会社で運営されているということであり、従業員は法に守られているということです。私のように農業に特に関心もなく就職してしまい、いきなり早朝4時から夜8時までの長時間労働を強いられ、しかも田植え期間である一ヶ月半もの間休日が一日もないとなれば悠々自適とは程遠い話です。もちろん、残業代などの手当は出ません。ブラック企業以外の何物でもない。
会社側は「農業ってのはそういうものだ」と言うのでしょうが、繰り返すように、私たちは農業人である以前にいち従業員であるわけです。法定労働時間は遵守され、割増賃金を受け取る権利がある。会社にはその義務がある。普通の会社のつもりで農業法人に就職してしまうと、労働時間や日数の規定も何もないカオス状態に巻き込まれる可能性があるというわけです。
ちなみに、夏にしっかりと働いた分を冬に休めばいいじゃないかと思うのですが、冬には冬で何らかの仕事があるようで連日出勤する始末でした。
2. 離職率はかなり高い
そのようなブラック企業以外の何物でもない状況ですので、離職率は高いです。理想と現実のギャップに打ちのめされてしまうのでしょう。
農業の研修生が定期的に入ってくるようなのですが、大体の人は3ヶ月で辞めていくと聞きます。ええ、私も地獄の田植えが終わった一ヶ月後に退職しました。
3. 社保、ボーナス、退職金なし
農業というのは基本的に儲からない仕事です。理由の一つは、そもそもの生産性が低いこと。もう一つは、社長の経営力が往々にしてないこと。
私が勤めていた農業法人でも、従業員は必死に働いているのに基本的に赤字であり、その赤字は政府からの補助金でなんとか補填されているという状況でした。農業法人を補助金なしで自力で黒字経営していくには余程の経営センスと合理化が求められるものと思われます。
長く勤めている従業員によれば、給与が支払われなかったことは一度や二度ではなかったそうです。社会保険も雇用保険も加入させてもらえず、ボーナスも退職金もありません。
4. 殆どが肉体労働
仕事の殆どは肉体労働です。もちろん、田植え機などの導入によって機械化されている作業もありますが、まだまだアナログな部分が多いです。例えば、田植えは機械がやってくれるとしても、大量の苗をビニールハウスから運んできたり、田植え機にセットしたりするのはどうしても人間の肉体労働に頼らざるを得ません。
その他にも、土嚢作り、土嚢運び、草刈り、除草剤散布など、基本的に重い物を持って田んぼの周辺を歩き回る仕事になります。太陽をたくさん浴びて良い運動になるのは良いことですが、ハードワークであるには違いありません。
5. 大型免許を持っていると優遇される
私はできないのですが、大型免許を持っていると就職の際にかなり優遇されます。ユンボなどの特殊機械の免許もあれば尚更です。
他、軽トラック運転のための自動車マニュアル免許、フォークリフト免許は必須です。私はどれも持っていません。なぜ就職できたのかが謎です。
6. 会話と言えば誰かの悪口や噂話ばかり
そこは従業員10人未満の零細企業であり、比較的大きな会社から転職してきた私は、当初「小さな会社だから人間関係のストレスも少なそうだ」と思っていました。
とんでもない話。人間関係の問題のない職場なんてどこにもないと痛感しました。その農業法人には生産部と販売部とがあったのですが、生産部の人たちが販売部に対して「あいつらは早く帰りやがる」「あいつらは仕事なんて何もしていない」などと絶えず悪口というか不満を漏らしていたのでした。私は中立の立場でそれを聞いていたものの、次第に嫌になってきてしまいました。
田舎では派閥を形成したがる、人の噂話を好むというような傾向が強く見られると実感しました。都会のように洗練された個人主義でサバサバした職場環境・生活環境は期待しないほうが良いでしょう。
7. 経営センスのない社長
社長というと立派な人物を思い浮かべるかもしれませんが、そんなことはありません。社長というのは「社長になるぞ」という行動力さえあれば誰にでもなれるものであり、特別な資格や資質は必要ないのです。むしろその人物は謎の行動力しかないモンスターである可能性もあるのです。
基本的にワンマン経営であるのでやりたい放題です。思い付きで深夜作業を指示する、思い付きで組織を変更する、思い付きで何に使うのかわからない1,000万円のトラックを買う、思い付きで減給する、思い付きで有能な人物を左遷する、思い付きで無能な人物を昇給させる、思い付きで会議を開いて結論のないまま終わる、など。
会社のトップに振り回されて辟易してしまうことが多かったのを覚えています。
8. ルールがなさすぎて戸惑う
とにかく何に関してもルールがありません。マニュアルもなく、作業工程は上長の思い付きで決まります。もちろん、農作物という物を扱っている以上、全てをマニュアル化するのは難しいのかもしれませんが、それにしても事務的な仕事くらいは標準化されていてもいいのではないかと思います。
一度、ルールがないが故にトラブルが起きたことがあって現場の人間が散々に文句を言っているので、私は再発防止のための明確なルール・マニュアルを作りました。するとそれを見た現場の者は「そんな面倒なことはやらない。今まで通りのやり方でいい」と一蹴したのでした。だったら最初から文句など言うなという話で、私は大変に憤慨したのでした。
9. 結論:農業は法人化するとブラック化する
冒頭でも少し述べましたが、本稿の結論はこうです。
「農業は法人化・組織化するとブラックになる」
農作物という生きているものを扱うこと。天候に左右されること。そもそもの生産性の低い仕事であること。長時間労働になりがちであること。トップに経営の資質がないこと――などが理由となってブラック化してしまうのです。
「どうしても農業をやりたい」と農業を志向するのなら構いませんが、「なんとなく悠々自適で楽っぽい」という理由で農業を目指してしまうと理想と現実のギャップに打ちのめされてしまうのではないかと思います。もちろん、本稿で述べたことは私の個人的な経験であり、全ての農業法人がこのような体たらくになっているとは限りません。
私はこのような農業法人での体験を経たあとは間違っても「農業は良さそうだな」なんて一切思わなくなりました。逆に、人に聞かれたら「農業だけはやめておけ」とアドバイスしようと思っています。
農業は家庭菜園のように趣味でやるのが一番いいように思います。私は現在、アパートのベランダでミニトマトやブロッコリーを栽培するのを趣味としていますが、トマトを育てることを仕事にしようとは全く思わないのでした。
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