怒りをコントロールすることによって怒らない自分を実現する方法には様々ありますが、本稿の論旨である「システマのブリージング」は身体的なアプローチによって感情をコントロールする=怒りを消し去ることを試みることが特徴です。
アンガーマネジメントや認知行動療法などは怒らない「考え方」を身に付けるためのものであるのに対し、ブリージングは呼吸によって緊張や恐怖を取り除き怒らない「身体」を築き上げることを目的としています。これらの「怒らない考え方」「怒らない身体」の双方からのアプローチを私は勝手に「怒らないための双璧」と名付けて実際に実践してきました。
その中で「システマのブリージング」は誰でも一瞬でできるほど非常に簡単であり、いつでもどこでも実践でき、習慣にすることによって「怒らない」「リラックス効果」「ストレスが溜まらない」などの長期的な効能もあると実感しています。
『人はなぜ突然怒りだすのか?』(北山貴英・著、イースト新書)よりブリージングの方法や効果を紹介していきましょう。
驚くほどシンプル!システマのブリージングで怒りが消え去る
システマのブリージングのやり方
ブリージングとは、システマ独自の呼吸法です。呼吸法と言っても、長年の修行を経て習得しなくてはいけない特別なものというわけではありません。
鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く――。
それだけの極めて簡単なものです。
え、それだけ? と思われるほどあっけなくシンプルなもの。鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く――。本当にただそれだけ。特別な訓練も何も必要なく、誰でも今すぐにできることが最大の特徴です。
システマって何?
■ロシア軍直伝の感情コントロール法
システマとは旧ソ連時代は国家機密とされたロシア軍の訓練法。
何せもともと軍隊の技術ですから、前提となっているのは銃弾が飛び交うようなストレスフルな状況。その中でいかにして怒らず、恐れず、冷静でいられるかを目指してつくられています。
戦場という究極の状況において自分をコントロールするための技術が「システマ」というわけです。誰でも人間は生まれつき恐怖や緊張を感じるよう本能が備わっています。同じ状況に対する緊張の度合いや怒りのレベルも千差万別であり、個性があります。システマは緊張状態の中で、誰でも自分を保つことができるよう作られた技術であるというわけです。
■ブリージングがシンプルである理由
どんなに科学技術が発達しても、最後にものを言うのは人間の力。それを最大限発揮するために生まれたのが、システマです。そのうえ誰にでも簡単にすぐに使えるよう徹底的に無駄が省かれています。だからこそ、職場や受験など、私たちの人生におけるあらゆる「戦場」で役立てられるのです。
鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く――。とシステマのブリージングがあっけないほどにシンプルである理由は、極限まで無駄を省きいつでもどこでも使えることを目指した結果に他なりません。そのため、何の知識もないし何の訓練も受けていない我々でも日常生活の中で簡単に実践できるようになっているというわけです。
こんなに簡単!ブリージング実践法5つのポイント
1. 身体を丸めたり力んだりせずに、ただ吸って吐くだけ
ポイントは、呼吸のために身体を力ませたり、姿勢を曲げたりしてしまわないこと。ラジオ体操の深呼吸のように身体を丸めたり反らしたりする必要はありません。ただ鼻から吸って、口からフーッと吐く。
余計なことは必要ありません。鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く。ただそれだけ。なので、いつでもどこでも実践しやすいです。
2. 腹式呼吸、胸式呼吸のどちらでも良い
システマのブリージングは、とにかく簡単なのが特徴です。呼吸法と言うと習得に何年もの修練を必要とするようなイメージがあるかもしれませんが、システマの場合はそんなことは一切ありません。やることは鼻から吸って、口からフーッと吐く。たったそれだけのことです。腹式呼吸や胸式呼吸など、特殊な呼吸法を身につける必要もありません。
人によっては腹式呼吸や胸式呼吸など、呼吸の癖のようなものができてしまっているかもしれませんが、ブリージングはそれらを問いません。鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く。難しいことは考えずにシンプルに行うことができます。
3. 怒りや不安を感じたらすぐにブリージング
ほんのわずかでも怒りを感じたらすぐにブリージングをするようにします。システマのブリージグが極めてシンプルなのは、こうしたタイミングを重視しているためでもあるのです。
恐怖やショック、悲しみなどあらゆる精神的な緊張にも、同じように使うことが可能です。何らかのネガティブな感情にとらわれるのをわずかでも感じたら、すぐにブリージングをしてしまうのです。
怒りだけでなく不安などのネガティブな感情を少しでも感じたらブリージング。これを頭の片隅に置いて習慣にすることで常に心をリラックスさせ、平常心を保つことができるようになります。機会や場所を問わないので習慣にするのが簡単です。
4. 一度で効果がない場合は二度三度繰り返してみる
鼻から吸って、口からフーッと音を立てながら吐く――。
効果が足りなければ何度か繰り返します。
ブリージングを何度か繰り返すことによって気持ちが落ち着くのをはっきりと感じることができます。
私事になりますが、ある時、出かける間際に探しものが見つからなくてイライラが最高潮に達しそうになった際、このブリージングのことを思い出して試してみたところ、自然と怒りが収まったのでした。イライラしながらもブリージングを繰り返すうちに「まあ、いいや。今度改めて探そう」と思えていたのです。いつもだったら大変にイラついて物に当たっていたところだったので、「このブリージングってやつはすごい効果かもしれない」と実感した出来事でした。
5. 大きく呼吸する
本に書かれている通りにブリージングをしてみても、うまくいかない。そう感じる方には、ある共通点があるようです。それは呼吸がとても小さくなってしまっているということ。つまりひと呼吸で出し入れする空気の量がとても少なくなってしまっているのです。
息を吐く時のフーッという音は、少なくとも二、三メートル先の人にも聞こえるくらいの大きさがほしいところ。もしくはバースデーケーキのローソクを一気に吹き消せるくらいに勢い良く呼吸したいものです。
呼吸量を多くすることが唯一のコツと言えるコツかもしれません。「フーッと吐く」の部分に力点を置いてブリージングするということです。特に怒りを感じた興奮状態のときには呼吸は「浅く速く」なっているので、それを是正するためにも大きな呼吸量で「フーっと吐く」のがポイントとなりそうです。
システマのブリージングが怒りに効果的な2つの理由 ―怒りの「防火」と「初期消火」
1. 息をフーっと吐くことによって身体がリラックスする ―初期消火
怒りを感じたらすぐにブリージングをすることによって怒りが収まる。これは精神論ではなく、きちんとした身体的な理由があります。
呼吸は我々の自律神経をコントロールしています。自律神経は「交感神経=活動状態」と「副交感神経=リラックス状態」の二つから成り、これらを適宜に切り替えることによって我々の活動は成り立っています。怒りを感じている時というのは「交感神経」が優位な状態であり心臓の鼓動は早まり、血圧があがります。さらなる興奮状態となると呼吸は浅く速くなり、身体は臨戦態勢となります。
その「交感神経」優位な興奮状態を、呼吸法によって「副交感神経」寄りに是正しようというのがブリージングであるというわけです。呼吸のうち、吐く時は「副交感神経=リラックス」寄りになるという性質があるため、フーッと意識して息を吐くことによって自ずと興奮が鎮まるというわけです。
「怒りを感じたらすぐにブリージングをせよ」というのは単なる気の持ちようではなく、きちんとした身体的根拠に基づくものなのです。
「怒らない努力」の代わりに「怒りにくい身体」を作る ―防火
怒らない努力というのは往々にして意味のないものです。その時の気分によって怒ったり怒らなかったりと左右されるものですし、怒りの衝動は強力なので努力ではどうにもならない部分があるからです。
ブリージングは上述の「怒りを消火する」という効果の他、「怒らない努力」をするのではなく「怒りにくい身体」を作るという効果もあります。怒りに対するフィジカルなアプローチです。
ブリージングの一番の目的は、体の緊張を解いてリラックスさせることです。人はリラックスしている時に怒ることはできません。怒るということは、身体の何処かが緊張状態にあるということに他ならないのです。無意識のうちに緊張状態にある身体をブリージングの習慣によってリラックスさせることによって「怒りにくい身体=怒りの防火」になるということなのです。
なぜ「鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く」のか?
鼻から息を吸う理由
システマのブリージングは身体に負荷がかかった状態でも平常心を保つことを目的としています。
緊張状態や興奮状態などにあった場合、身体はより多くの酸素を必要とします。そのために口から多くの空気を取り込みがちになってしまいます。しかしながら、口から一気に大量の空気を吸い込む行為は「交感神経」を刺激することに繋がり、さらなる興奮状態へと誘導されてしまいます。これでは悪循環です。
従って、交感神経をなるべく刺激しないためには鼻から少しずつ息を吸うことが肝要であるというわけです。
フーッと音を立てながら吐く理由
息を吐く行為が「副交感神経」の働きを促しリラックス状態へと繋がることは前述しました。ブリージングにおいては息を吐く行為が気持ちを落ち着ける上での直接的な要素です。
この際、口をすぼめて大きくフーッと息を吐くことによって、息を吐くという行為を意識して行うことができるという意味があります。興奮状態の「浅く速い」呼吸を是正するという意味でも有用ですし、フーッと吐くという音自体がきちんとブリージングができているかを確認するための指針でもあるというわけです。
まとめ:ブリージングを実践してみている感想
私は格闘家でもなければ大して運動好きでもないので「ロシア軍の訓練法であるシステマのブリージング」と聞いたとき、かなり仰々しいものを感じてしまいました。難しそう、と。
しかし、蓋を開けてみれば、鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く。たったそれだけを習慣にすることがブリージングの要旨でした。え、たったそれだけ? もっとコツとかないの?
難しそう、と身構えていただけにかなり拍子抜けしたものですが、機会や場所を選ばずに準備さえも不要、この体一つで今すぐにできるという気軽さから、思い出したときに試してみたのでした。私は当時、毎日のようにイライラしていて些細な事で物に当たってしまう自分をどうにかしたいと思い悩んでいたのでした。
簡単で思い出した時にすぐにできるという点が功を奏したようです。この面倒くさがりで忘れっぽい私でも、イラッとした時のみならず、ちょっと不快だと思った時、これからひと仕事始める時、ひと仕事終えた時、通勤途中に歩きながら、何事もないけどふと思い出した時など、ブリージングを習慣づけることができました。
結果、毎日のようにイライラしていて緊張状態だった私が、ブリージングを始めて一ヶ月、全く怒っていません。その上、思考はマイルドになり、心も寛容になった気がします。ストレスも減りました。というより、ストレスというのは自分の中で作り出されるものであり、リラックス状態であれば同じ状況でもストレスは生まれないということを知ることができたのでした。
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