この度、某地方デパートの競合店対策を長期に渡って目の当たりにする機会に恵まれたので、ここに報告したいと思います。
結論から言ってしまうと、競合店対策は殆ど何もなされなかったと言っても過言ではありません。強力な競合店が近隣に出店してくる計画は何年も前からわかっていたのに、殆ど何もせずに指をくわえて見ているだけ。「地方デパートの衰退」と叫ばれていますが、競合に対して何も手を打たないのですから、衰退は必然でしょう。
その杜撰な競合店対策(とも言えないような何か)を下記で紹介していきましょう。ちなみに、食品売り場からの視点となります。
概要
舞台:某地方の百貨店。売上は年々目に見えて自然減少。
新規競合店:1km圏内に出店。業界内ではかなり強い企業が本気を出して出店してくることが予測された。計画は3年程前からアナウンスされていた。従って、競合店対策を計画し実行するまでに3年の猶予があった。
既存競合店:1km圏内にそもそも存在し競合していた有名グループ百貨店。
競合店オープン前の状況
売上は自然減
かつてバブル期あたりまでは市内では一強だったらしいが、その後、他の地方百貨店と足並みをそろえるように暗転、衰退。ここ数年で出店テナントは採算不良のための撤退が相次ぎ、食品売り場は空きが目立つ状況。
客層
客層としてはとにかくお年寄りが目立つ。それに加え、百貨店であるにも関わらず低所得者層の溜まり場になっている。モラル無視で特売品だけ買っていく(お一人様1点限りの商品を繰り返しレジに並んで大量に買っていくなど)お客さんがかなり多い上、万引きが多発。
店内環境
汚れ、破損が目立つ。トイレからの悪臭が往々にして押し寄せる食品売り場。50年以上建て替えがされていないので耐震基準を満たしていないらしい。
従業員
一日中店内を目的なくふらふらしているだけの社員A。よれよれのシャツ・曲がったネクタイ・何を言っているのか聞き取れない声でレジに立つ社員B。一日中マネキンさんと喋っているだけの社員C。とにかく社員の生産性が圧倒的に低い。テナントの従業員やアルバイトではなくデパートの正社員がこの有様である。
新入社員はここ何十年も採用していないらしく、中年齢から退職後のアルバイト感覚の社員が殆ど。
立地
既に崩壊している商店街の側に立地しているので、周辺環境は活気とは程遠く、閑散としている。
既存競合店
ちなみに、上で少し触れた競合の既存有名百貨店は5年連続増収増益だそうである。つまり、百貨店という形態がオワコンであるというよりは、完全にシェアを奪われているが故の衰退である。
競合店対策として実行したこと
本題である。とは言え、新規競合店を迎えるにあたって私の見える範囲で実行されたと思われる対策は下記の2つしかない。
1. 全従業員へのアンケート
新規競合店オープンの2年前にテナントを含めた全従業員にアンケートを実施した。内容は「競合店を迎えるにあたって『ステップアップ』していかなければならない。その為、この百貨店をより良くするためには何をすれば良いか回答して欲しい」というもの。「ステップアップ」って何だね。学芸会かよ。
で、上記アンケートを実施し、回答を一覧としてまとめたものが休憩所に貼り出されたが、それで終わり。そのアンケートを参考にして何か改善をした形跡は全く見られなかった。何のためのステップアップだったのか。
2. 大安売り
新規競合店オープンの1〜2ヶ月前に大規模な特売を敢行。「競合オープンの前にできることは全てやる」として実行された安売り。上層部は普段から「百貨店としてのプライド」というようなことを社内向けに喧伝しているにも関わらず、おおよそ百貨店とは思えない発想。
結果は皮肉なものである。特売目的の民度の低いお客さんが朝から殺到し、店内は混雑、レジはカオス状態で長蛇の列。特売のことを知らなかった普段の買い物目的のお客さんはいきなりの混雑ぶりに憤慨、クレームとなった。
その上、安売りで単価が下がったせいで売上金額は昨年割れ。しかも、競合店がオープンしてからの競り合いとしての特売ではなく、オープン前に特売を敢行し、オープンしてからは全く何も手を打っていない。何のための安売りなのか。
既存競合店が行った対策との比較
有名デパートである既存競合店も、もちろん大規模な競合対策を行った。詳細は寡聞であるものの、売り場の大規模な改装などハード面からの大改革を行ったようである。
本来、競合店対策とはハード面を主体に行うものであろう。私はかつて小売業に勤めていたが、その際、私の勤務していた店舗の近隣に大型ショッピングモールが建設されることとなった。で、私がいた当該店舗では売り場のレイアウトを変更・刷新、通路の拡大、新規商品(この店でしか買えない商品)の導入などを行った。競合の開店前1週間くらいは朝から晩までの作業が続いた(ハード面の対策)。その上で競合店がオープンしてから数週間は徹底した価格戦略を断行した(ソフト面の対策)。
地方小売業だってそのくらいの競合対策は行うのである。それに対して当該地方百貨店は「無意味なアンケート」「安易な安売り」の二本立てである。
甘い見通しと楽観論
経営陣や上層部があまりにも楽観的過ぎる。危機感が全くない。それを端的に示す発言を下記で三点紹介しよう。
1.「逆にチャンスだな」
「ピンチはチャンスだ」という言葉を安易に信用してはならない典型例である。真意は下記である。
■「オープンから数日は混雑するだろう。だけど、混雑を嫌うお客さんもいるはずで、そういうお客さんはうちに来店する。これは逆にチャンスだな」
どれだけポジティブなんだ。どこに勝機があるというのだ。見当たらないぞ。
2.「百貨店らしいと思わないか?」
競合オープン前に10万円の紳士用品が20セット売れたことを受けての発言。
■「10万円のものが20セット売れた。これって、すごく百貨店らしいと思わないか?」
ところで、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を起死回生のV字回復・増収増益に導いた森岡毅氏がマーケターとしてUSJに入社してすぐに行ったことは、USJを「映画の専門店」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」へと変貌させる方針を打ち出したことであった。
USJが相手にできる客層の幅が狭すぎることが最大の問題である。「映画ファンだけのパーク」という作り手側の無意味なこだわりのせいで、ただでさえ関東の3分の1しかない関西市場を更に小さく使い、自らの首を絞めている。
『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』森岡毅、P21
そう考えると「百貨店らしい」という「無意味なこだわり」は捨てたほうがいいのではないかと思える。「これって、すごく百貨店らしいと思わないか?」と言われても「だから何?」としか答えようがない。
3.「見てきたけど、大したことないな」
競合店がオープンしてからの発言である。この言葉は社内の特に中年以上の社員からよく聞かれた。
■「○○(競合店)、見てきたよ。全然大したことないな。うちのほうがよっぽどいい」
本気でそう思っているのだろうか。相手は本気を出し相当な覚悟で、最新の考え方やアイデアを駆使して敵陣に足を踏み入れてきた大企業だぞ。それに比べてこちらは売り場がボロボロの落ちぶれた地方デパート。
話しぶりから、あるいは多くの人がそのように発言していることから、どうやら本気で「全然大したことないな」と思っているようだけれど、思考停止にも程がある。かつての栄光に未だ酔いしれている。
「大したことないな」と思っているうちは相手から何も学べない。つまり、競合店対策を怠慢のままにしていた理由は、予算の関係とか、経営力・決断力のなさとか色々あると思うけれど、全て「大したことないな」という発言に集約されていると感じる。だって脅威の競合店に対して「格下で大したことない」と思っているのである。
であれば、対策なんてする必要ないという結論に達するに決まっている。現実を見ることができていない。恐ろしい。
最後に:競合店オープン後の様子を箇条書きで
・お客さんの年齢層がより一層上がった気がする。つまり、より一層お年寄りばかりになった。
・売上は全体でおよそ1〜2割減。但し、競合しないテナント(例えば、こちらに天ぷら屋があるが、あちらには天ぷら屋が入店していないなど)についてはさほど影響はないようである。逆にどこでも買えるような商品については明白な打撃がある。
・新規競合店がこちらの特売商品よりもさらに安く価格戦略を打ち出してきたので、特売日における数少ないお客さんさえも奪われてしまった。
・競合店にやられているというよりは、経営戦略の怠慢によるお客さんの自然減がそのまま進行している様子である。
現場からは以上です。
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