新しい習慣を自分のものにするのは難しいものである。
誰でもそうなのだ。
三日坊主という言葉には、暗に非難の意味が込められているように思うけれど、広い意味で言えば我々の誰もが三日坊主なのである。
新しく何かを始めようと思い立って、その全てが習慣化している人なんていない。
たくさんの習慣を身に付けている人であっても、その影にはたくさんの習慣化できなかったものがあるに違いないのだ。
あることを習慣化することは、簡単そうに思える。少なくとも始める前は。
例えば、健康のためにストレッチを毎日10分行うことを習慣にしたいとしよう。
毎日とは言え、たった10分である。しかも、それは難しい行為ではない。たかがストレッチだ。
加え、健康というかけがえのないメリットのために行うのである。
短時間でできて、誰でもできるほど簡単で、やることに意味がある。
三拍子揃っている。
なのに、できないのだった。
最初の一日は勢い良く始めたものの、二日目以降は忘れ去られ、あるいはやる気が起きず、とうとう習慣にならない。
なぜ、なぜなんだ。
「簡単にできそう」の罠
1960年代の大ベストセラー『自分を動かす あなたを成功型人間に変える』 の中で著者マクスウェル・マルツは「新しい習慣は21日で定着する」とする「21日のルール」を提唱した。
ただし、理由はあってないようなものである。
整形外科医であったマルツ博士は、手術によって脚を失った患者が平均21日でその喪失の事実に慣れるということに着目し、それならば、我々にとって21日間続ければ何でも習慣化できるに違いないと考えたのだ。正したいと思う悪しき癖も、たった3週間だけ意識すれば直すことができるはずだ、と。
言ってみれば、無根拠の理想論である。
この21日という数字、長いと思うだろうか、それとも短いと感じるだろうか。
たった21日か、思ったより簡単そうだな、と思ったあなたは罠にはまっている。
新しい習慣を身に付けられるまでの心理学的に正しい期間は?
心理学者フィリッパ・ラリーの研究によれば、被験者が新しい習慣を身に付けることができるようになるまで、平均66日もの期間を要したことが報告されている。
ここで言う習慣化とは、生活の一部として自動的に行われるようになった状態のことだ。
被験者たちは、難しいことを習慣化しようと試みたわけではない。
それは例えば、毎日果物を食べるとか、ジョギングをするとか、誰にでもできる簡単なものである。
にも関わらず、習慣化されるまでに平均で約2ヶ月もかかったというのだ。
ここで注意すべきは、被験者の平均が66日だったということであり、18日で習慣化できた人もいれば、245日もの気の遠くなるような期間を要してようやく習慣にすることができた人もいたということだ。
「21日のルール」の3つの間違い
21日という数字がそもそもの間違い
21日という数字に心理学的根拠はない。言わば、あてずっぽうの数字である。
それに対し、心理学者ラリーの研究結果では、被験者は新しい習慣を定着させるのに平均66日かかったという明確な数値が出ている。
「21日のルール」の実に3倍以上の期間だ。
「何でも21日で習慣化できる」の間違い
「21日のルール」は、21日間頑張って続ければ何でも習慣化できるという理想論である。
だけど現実はそうは行かなかった。
3週間以内に習慣化できた人もいれば、半年以上かかった人もいた。
それは、個人差があるのはもちろんのこと、何を習慣化するかという難易度によっても定着する期間は左右されるのである。
「そもそもきれい好きな人」と「そもそもがズボラな人」が、同時に部屋の掃除を習慣化しようとしたら、きれい好きな人のほうが習慣化に容易なのは自明である。
「一日10回、家で腕立て伏せをする」と「一日1時間、ジムで汗を流す」という目標であれば、一日10回の腕立て伏せのほうが容易に習慣化できるであろう。
しかしながら、「21日のルール」ではそういった事情は一切無視して、何でもかんでも21日間続ければ叶うと大雑把に断定しているのだった。
「中断してはいけない」の嘘
我々が何かを習慣化しようと試みる時、例えば、とりあえず1ヶ月は何が何でも続けようと誓いを立ててしまうのではないだろうか。
それは「21日のルール」を始めとする他の自己啓発プログラムでも同様に、「始めたら一日たりとも努力を怠ってはならない。もし怠ったら、続けてきた全てが無駄になる」と教えている。
気持ちはわかる。
だけど、断言しよう。別に一日くらいサボっても何も起こらないし、習慣化の可否とは何の関係もない。
むしろこういった固い考え方は、「一度脱落したら一巻の終わり」というネガティブな考えを植え付けるだけの害悪でしかないと考えてみてはどうだろうか。
なぜ習慣化することは難しいのか
21日続ければ習慣化できる、と聞いて、「簡単そうだな」と思ってしまうことはメリットでありデメリットでもある。
それは、「たった21日でできるのだからやってみよう」と心理的障壁を下げるメリットであり、それでもやはり実際に21日で習慣化することは難しいというデメリットである。
我々が、新しい習慣を定着させること、既存の習慣を変えることは、それほどまでに難しいことなのだ。
私も、筋トレしよう、自炊しよう、お酒はやめようと意気込んで、何度挫折したことか。ああ。
ではなぜ習慣化することが難しいのか。
それには3つの理由がある。
習慣とは脳の省エネ状態だから
我々の脳は、物事を習慣化することによって省エネ状態に入ることができる。一日中脳がフル活動していたら疲れてしまうのである。
だから、自宅に帰るために、わざわざいつも脳をフルで回す必要なんてないのだ。意識しなくても我々はちゃんと自宅に辿り着くことができる。
新しい習慣を身に付けようとすることは、脳の省エネ状態という静寂を打ち破り、かき乱す行為に他ならない。
誰だって寝ているところを起こされたら「せっかく休んでるのに」といい気はしないだろう。
脳もそれと同じ。
せっかく習慣化された一連の流れの中で、例えばテレビを見るなどして脳が休んでいるのに、「腕立て伏せをしろ」などという新参者によってリラックスタイムを壊されるなんて、たまったものじゃないのである。
従って、意識では「やらなきゃな」と思っていても、脳がゴーサインを出さないために、新しい習慣のための重い腰があがらないのである。
やめたいと思うことは、やりたいことだから
テレビをだらだらと眺めてしまう習慣をやめたいと思っていても、なかなかできない、ということがある。「テレビを見ない」という新しい習慣を定着させるのが難しいということである。
私事で言えば、「アルコールを毎日飲まない」ということを習慣化すること。
でも、我々はテレビを見たいし、アルコールも嗜みたい。
やめたいと思っていながら、本心ではしたいと思っているのだ。
これは明らかな矛盾なのである。
この泥沼から抜け出さない限り、習慣化は難しい。
こう考えてはどうだろう。
我々が望んでいるのは、「テレビを見ない」ことではなく、「テレビを見たくなくなる」ことなのではないか、と。
「テレビを見たくなくなるにはどうしたらいいか」「アルコールを飲みたくなくなるにはどのような策が必要か」
習慣化するためには、このように発想を転換することが、鍵となる。
わかってるけどさ。
現状の満足感を捨て去ることは無意味だから
テレビを見るのをやめて、読書をしようと思うのだけれど、なかなか習慣化できない場合を考えてみよう。
テレビは好きだけれど、見ても何の得にもならないことは知っている。だったら、その時間をちょっと退屈だけど読書に充てたほうがよっぽど有意義なのではないか、とあなたは考えていて、テレビをやめて読書を習慣にしようと試みようとしている。
だけど、あなたがテレビを眺めるのはリラックスのためであり、満足感のためなのである。
一日の終わりにテレビを見ることについて、この時間で本を読んだらどれだけの知識が身に付いただろうかなんて思いを抱きながらも、幸せな時間であることには違いないのだった。
であれば、そのテレビを見るというかけがえのない至福の時間を、つまらない読書の時間に変えることにどれほどの意味があるだろうか。
テレビをやめたいと思っているなら、必要なのはテレビに代わる新しいリラックスの方法であり、当人にとってつまらないと感じている読書タイムはその代替にはなり得ないのだ。
【余談】テレビゲームが習慣化された私が感じたヒント
もちろん、全ての新しい習慣化が難しいわけでない。
私事で言えば、半年ほど前にプレイステーション4を買ってきたのだった。おもしろそうなゲームソフトがあって、どうしてもそれをやりたかったのだ。
それまでテレビゲームをするという習慣がなかった私だったが、それ以来、夜は毎日ゲームをすることが習慣化されてしまった。
これが良いことか悪いことかはさておき、全ての新しい習慣を身に付けることが苦行であるわけではなさそうなのだ。
自分にとって楽しめてリラックスできることであれば、習慣化は容易だということがわかる。少なくとも私にとってゲームは苦行ではなかった。
そう、何か新しい習慣を定着させたい場合、脳を騙すことが重要になってくると考えられる。
それが楽しくてリラックスできてエキサイティングなことであると、脳に錯覚させることが肝要だ。
テレビの時間を読書に充てたいなら、例えば、好きなタレントがおすすめしている本を買ってきてみるとか、本を紹介するテレビ番組を積極的に見て情報収集するとか、さしあたってそれくらいしか思いつかないけれど、様々に方法はありそうだと思うのだ。
ゲーム化してしまうというのもいいかもしれない。
みんな大好きスマホゲームは習慣化できるのに、他のことが習慣化できないわけがないのである。
何かの行為に対して自分でポイントを与えるなどして、それを苦行であると認識させないよう、うまくモチベーションの上がるルールを構築してみてはどうだろうか。
まとめ:新たな習慣化・習慣を変えるためのヒント
・新しい習慣を定着させることは実際に困難なことである。言うほど易しくない。
・それは、脳が現在の習慣を全うすることで省エネ状態に入っているからである。
・現在の習慣というリラックス状態を捨ててまで、新たに必要だけれどつまらないことを習慣化することに、果たして意味があるか。
・であれば、新たに習慣化しようとしていることをゲーム化するなどして、上手にモチベーションを上げる仕組みを作ってみよう。
コメント