サラリーマンが会社を思い切って辞めることが踏み止まられる理由のひとつに「社会保険料の半額を会社に負担してもらえなくなる」というのが挙げられると思います。
私もかつて会社を辞めようか真剣に考えていた際、真剣に給与明細を見たこともないにも関わらず上記のことが懸念されて、結局はしばらくは嫌々ながら出勤し続けることを選択したのを覚えています。
上記「社会保険料」というのは「厚生年金」「健康保険」のことを指します。正社員であればこれら二つを会社に半額負担してもらうことができる。会社というのはなんて太っ腹なんだ。もしも会社を辞めてしまったら収入が途絶えるどころか、「国民年金」と「国民健康保険料」の全額を自己負担しなければならない。困窮の極み。そう考えれば、ああ、サラリーマンで良かった――。
しかしながらこれは大きな誤解なのです。つまり、会社が半額を払ってくれているというのは嘘です。
給与明細上のトリック
その考え方が誤解であり嘘であることを示すのは実は簡単です。
あなたが毎月10万円の社会保険料を納めなくてはならないとすると、労使折半の原則に従って、半額の5万円は会社が支払ってくれます。これだけを取り上げて「社員になれば保険料の半分は会社持ちだから得だ」と考える人がいますが、これは大きな勘違いです。会社が支払う5万円は人件費の一部ですから、社会保険料の支払いがなければあなたがもらえるはずのお金だからです(社長がポケットマネーから出してくれるのではありません)。
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015』(橘玲、幻冬舎、P162)』
私たちの給与は労働の対価(=利益の報酬)として受け取るものですが、会社が支払う社会保険料の半額の出処はそもそもが私たちが生み出した利益です。会社は人件費として社会保険料の半額を支払っているので、本来であればそれは私たちが給与として受け取ることができるお金であるということ。
つまり「半額を会社が払っている」というのは要するに給与明細上そうなっているだけであって、本質的には全額を社員が払っているのと同じこと。間違っても社長や役員がポケットマネーで出してくれているのではないのです。
厚生年金は損、国民年金は得
なぜこんな複雑な制度になっているかというと、「会社が半分払ってくれる」という建前にしておくことによって「サラリーマンは損」であることを雲散霧消させる働きがあるためです。事実、現在の国民年金制度は事実上は既に崩壊しているのだけれど、サラリーマンが毎月強制的に徴収される厚生年金から補填されることによって維持されているのです。
損する厚生年金
サラリーマンが加入するのは厚生年金です。厚生労働省によれば厚生年金も払った分の2.1倍が戻ってくるということになっているようですが、それはあくまでも「会社が保険料の半額を負担している」という前提に基づけばの話。上で見てきたように、会社が保険料の半額を負担しているというのは単なる給与明細上のトリックに過ぎません。
私たちは既にトリックを見破っています。保険料の全額を社員自身が負担しているという観点で見てみると、2014年時点で54歳以下のサラリーマンでは利回りはマイナスになります。つまり、払った分が返ってこない、払い損であるということ。
サラリーマンが不遇を強いられる理由は上述の給与明細のトリックの他に、社会保険料が給与天引きであり強制的に徴収されるシステムになっていることが挙げられます。国民年金の未納率は上昇を続けていますが、厚生年金の未納率はゼロです。
つまり、未納率の高い国民年金は将来的に得をする制度であり、未納率がゼロである厚生年金は払い損である制度であるということです。大変に矛盾していますがこれが現実です。
得する国民年金
それに対してフリーターや自営業者が加入するのは国民年金です。国民年金の保険料は月額16,990円。これを20歳から60歳まで積み立てると総額で800万円支払うことになります。
国民年金の受給開始は65歳から。平均寿命から総受給額を算出すると男性で約1,142万円(14年8ヶ月分)、女性で1,667万円(21年5ヶ月分)です。つまり、男性は払った額の1.4倍、女性は2.1倍が戻ってくる計算になります。
フリーターなどで「年金なんてどうせ貰えないんだから払っても無駄だ」という声をあちこちで聞くし、そういった話は何十年も前から言われてきたようですが、既に高齢化社会を迎えている現在においても国民年金は崩壊せずに機能し続けています。厚生年金から不足分が補填されているからです。
今後もその穴埋めは続けられますから、国民年金が損をする制度に成り下がることはあり得ません。なぜなら、そんなことになったら国民年金保険料を誰も払わなくなってしまうからです。確かに毎月の保険料は高額ですが国民年金は払ったほうが得なのです。
健康保険も同じくサラリーマンが損をする制度
高齢化と医療の進歩に伴って現状、医療費は急速に膨らんでいます。医療費が増えるということは、健康保険制度における国の負担が増えるということです。国の負担が増えるということはどこかにしわ寄せが行くということ。
かつて、サラリーマンが加入する組合健康保険は、自営業者やフリーターなどが加入する国民健康保険よりも保険料は割高だったけれど医療費負担は本人1割・家族2割と国保よりも優遇されていました(国保は3割負担)。ですが、1997年の法改正で本人2割・家族3割、2003年には本人・家族ともに3割負担と改悪され、国保と同じ条件なってしまいました。
それに及んでもちろん保険料が安くなっているわけではなく、国保よりも保険料は高いままです。馬鹿にされているとしか思えない待遇ですが、それでも世のサラリーマンが憤慨・紛糾しないのは「会社が保険料の半額を負担している」と思っているからです。つまりは、給与明細上は健康保険料として国保よりも少ない数字が記載されているため、「国保のほうが高い」と思い込んでいるためなのです。
そう、国庫における医療費負担増のしわ寄せは健康保険料が強制的に天引きされているサラリーマンに行き着くのが国にとっては最も都合の良い方策であり、事実、上に示したように段階を踏んでそのようになってしまったというわけです。
参考文献:
コメント