警視庁発表の「平成28年中における自殺の状況」によれば、日本における自殺者は平成21年から減少傾向、平成24年には3万人を下回り、平成28年の直近データでは前年比8.9%減の21,897人である(下記「自殺者数の年次推移」参照)。
年代別に見てみても全年代において自殺者数は減少していることが見て取れる(下記「年齢別自殺者数の年次推移」参照)。
良い傾向にあることには違いない。しかし、同じく警視庁発表の「平成27年中における行方不明者の状況」(本稿を書いている時点での直近データ)を見てみると新たな問題が浮かび上がってくる。20代の行方不明者だけなぜか増加しているのだ。下記で詳しく述べていく。
20代の行方不明者(失踪者)は増加傾向
自殺者数と行方不明者数は連動しない
行方不明者数の年次推移は必ずしも自殺者数と連動していない。上述の通り自殺者数は平成21年から明らかな減少傾向にあるが、行方不明者についてはほぼ横ばいである。
年代別で見ると20代の行方不明者数だけ明らかな増加傾向
筆者(本稿を書いている私)は「自殺者数が減っているなら行方不明者も減っているはずだ」との仮説を立てて何気なく資料を眺めていたわけだが、上述の通り、行方不明者数が減少傾向にないことにまず驚いた。そして、さらに驚いたのは年代別行方不明者数の推移である。「20代の行方不明者だけが明らかに増加傾向にある」のである。
行方不明の動機は「疾病関係」だけが増加傾向
下記「原因・動機別行方不明者数の推移」によれば、行方不明の動機は「疾病関係」が明らかに増加傾向にあり、直近データの平成27年においては「家庭関係」を抜き1位になっている。
ここまでがデータである。下記から「20代の行方不明者(失踪者)数が増加傾向にある」ことについての私の考察を述べていく。
「20代の行方不明者(失踪者)数が増加傾向にある」いくつかの考察
行方不明の動機における「疾病関係」はうつ病などの精神疾患の増加を意味するか
まず、本稿においては20代を「社会に出て間もない人たち」と定義する。
上記グラフでは「疾病関係」を動機として行方不明になる人が明らかな増加傾向にあったが、行方不明にならなければならない「疾病」とは何だろうか。例えば、日本において何らかの不治の病が増えているという話は聞いたことがないし、病院数が減っていて治療を受けられないという話も寡聞である。
つまり、人生に絶望しなければならないほどのフィジカルな疾病が理由ではないように思う。となれば、「疾病関係」の数値を底上げしているのはメンタル系の疾病(うつ病など)であるとは考えられないだろうか。現に「精神疾患を有する外来患者数の推移(年齢階級別内訳)」(「精神疾患のデータ|厚生労働省」より、下記参照)は平成26年になって伸びを示している。
精神疾患(うつ病など)の増加が20代の行方不明者を増加させたか
筆者は20代におけるうつ病などの精神疾患(およびその予備軍)の増加が20代の行方不明者を増加させていると考えている。単なる相関関係ではなく、因果関係にあると見ている。2017年3月、新国立競技場の現場監督であった新卒23歳の男性が常軌を逸した過労により失踪の末、自殺してしまったという事件(参照記事:新国立で過労自殺、時間外200時間を会社「把握せず」 |日本経済新聞)はこれを示す象徴的なものであろう。
ただ上記の厚生労働省による「精神疾患を有する外来患者数の推移(年齢階級別内訳)」においては、20代の患者だけが増加しているわけではなく、全年代において増加傾向にあることがわかる。
とすれば、20代だけにおいて行方不明者が増加している理由は、精神疾患に加えて何らかの要因があるものと思われる。
20代が失踪してしまう理由の考察
彼らが自殺でなく失踪を選んだという事実は重要である。自殺は希望がなくなった人の取りうる手段だが、失踪においては希望は残っている。だからとりあえずは生きる。死ぬほどじゃないけれど現状から逃れたいということである。
筆者は「世代論」があまり好きではない。つまり、「昔と比べて今の若者は根性がないからすぐに逃げる」という考え方は本稿の結論としては全く適していない。
20代において行方不明者が増加している原因を思いつくままに挙げていき、本稿を締めくくろうと思う。あくまでも私見である。
1. いわゆるブラック企業の蔓延
企業が生産性を上げるために長時間労働や厳しいノルマを課すがために精神疾患を誘発するということである。
2. 安定志向で逃げ場がない
自殺者が減少していることから、社会に対して絶望しているわけではないことがわかる。だけど、社会格差は広がっており、安定した未来を築くための正社員志向は激しさを増している。仕事がつらいので辞めたいけれど、辞めたら不安定で絶望的な人生が待っているかもしれない。と、悶々と思い詰めてしまい差し当たって現状から逃れるために行方不明になってしまうということ。
3. 都市部での一人暮らし ―孤立化
一人暮らし世帯は増加傾向にあり、急速な社会の「ソロ化」に警鐘が鳴らされているという事実がある。都市部への人口流入は極めて高い増加傾向にあり、その主たる属性は田舎や地方都市から一人で進学・就職のために都市部(特に東京)に出てくる若者である。思い通りにならない日々の中で誰にも相談できずに孤独感に苛まれ、現状から逃れたくなってしまうということ。
4. 労働力が足りないことによる若手世代への負担
少子化による労働力不足が叫ばれている。前述の新国立競技場の新卒現場監督の件においても、求人はしていたが結局は一人だけの採用になってしまったという。同期がいない孤独感と若手へ伸し掛かる負担が失踪、自殺を誘発したのではないかと言われている。
5. インターネット、SNS、スマートフォンによる「ゆるい繋がり」が自殺者数を押し下げている
インターネット、特にスマートフォンの普及が自殺者数を押し下げているのではないかと私は考えている。人を幸福にするのは「人との繋がり」だけであるというのが現在の心理学の統一した見解である。
上記「主な情報通信機器の普及状況(世帯)|総務省」によれば、スマートフォンの普及(緑色のグラフ)は2010年(平成22年)から始まり、2年後の2012年(平成24年)には約半数、2015年(平成27年)においては72%の普及率となっている。資料を引用するまでもなく、スマートフォン所有率が高いのは若手世代である。
つまり、20代の「自殺予備軍」がただ単に「行方不明者」に流れただけではないかということである。スマートフォンによって「ゆるい繋がり」が容易に維持・構築できるようになったので、死ぬほど人生に絶望することは少なくなった。だけど、今置かれている状況は厳しさを増すばかりで閉塞感に苛まれ続けている。それで失踪という手段を選択してしまうということである。
インターネットがなければ20代の行方不明者ではなく、自殺者が著しく増加していたかもしれない。
もちろん、この論を実証するためにはデータ不足であり単なる机上の空論に過ぎない。こじつけの相関関係であるかもしれない。
だけど、全年代で自殺者数が減っていることは少なくとも良い傾向であり、それと同時に、20代における行方不明者が増加傾向にあることは新たな由々しき事態であると感じている。
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