厳しい残業規制はなぜ逆に長時間労働を助長する可能性があるのか

 私が新卒として社会人になった2006年頃、「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入の議論が活発にされ、よく報道もされていました。

 ホワイトカラー・エグゼンプションとはいわゆる「残業代ゼロ法案」とも呼ばれ、現行の労働法における規制を緩和・撤廃すること、つまり時間給による残業代を撤廃し成果主義を志向することによって、各労働者における労働時間を短縮することができるとするものでした。「残業代ゼロ法案」はあまりにもネガティブな印象を与えすぎる呼称であるので、「家族だんらん法」と言い換える動きもあったようです。

 「残業代をゼロにすれば労働時間が削減される? なぜそうなるのだろうか。残業代を出さなくて済むのなら会社はますます社員を都合よく長時間働かせることに繋がるのではないだろうか」と当時の私は直感で懐疑的に思っており、世間の反応も概ね否定的であったのを覚えています。

 しかし、あれから約10年。「仕事が終わったら残業せずにさっさと帰る」という私のモットーは変わっていないものの、もしかしたら残業規制こそが労働の長時間化を助長する可能性があるかもしれないとも思い始めています。下記で説明していきましょう。

 

「残業代ゼロ法案」はなぜ印象が悪かったか

 ホワイトカラー・エグゼンプション議論の端緒であった当時、残業代をゼロにしたら労働環境が更に劣悪になるかもしれないと危惧していました。それは下記2点に集約されます。

 
・割増賃金を支払わなくても良いのなら企業が社員に支払う賃金は毎月定額になり、であれば長時間働かせたほうが企業にとっては都合が良いから労働時間は長くなり、本来の残業代分を無給で働かされる労働者の不満は募る。

・現に当時勤めていた会社では残業代がつかない管理職の労働時間は平社員のそれよりも圧倒的に長かったのであり、残業代がゼロになれば労働時間が長くなることの証左であるように思う。

 
 恐らく働く人からすれば異論はないでしょう。当時私が勤めていたスーパーマーケットにおいても長時間労働が問題視されていたところであったので、ホワイトカラー・エグゼンプションについて肯定的な意見を述べる人は周囲にもいなかったように思います(だいたいスーパーマーケットの仕事はホワイトカラーというよりも肉体労働に近いものであったので、スーパーの仕事には適用しないで欲しいという意見もありました)。

 
 時を経て、2016年末に活発に報道された電通社員の過労自殺事件を特に発端として政府は「働き方改革」の中に「長時間労働の改善」を明確に掲げ、「36協定」の特別条項を見直すことで無制限の残業を撤廃、労働基準監督署による立入検査対象を増加させるとしています。

 長時間労働を撲滅するためには法律によって労働時間を明確に制限する以外に方法はないと私たちは考えがちです。であるのでホワイトカラー・エグゼンプションについては大いに反発し、残業時間の規制については容認するのです。

 

意図とは逆の効果を生み出してしまう「コブラ効果」とは何か

 さて、話は飛びますが「コブラ効果」をご存知でしょうか。

 コブラ効果(英:Cobra effect)は、問題を解決しようとしたけれども、実際には問題を悪化させてしまうときに生ずる。これは「意図せざる結果」の事例である。この用語は、経済や政治において正しくない刺激を与えるきっかけとなることを説明するために使われる。

コブラ効果|Wikipedia

 イギリス支配下のインド・デリーにおいて、毒ヘビ被害を危惧したイギリス政府は「コブラを駆除して届け出た者には全て報奨金を出す」との通達を出しました。人々は喜々として山に出かけていきコブラを狩って報酬を得ていたのですが、より多くの報酬を得ようと知恵を絞った者たちはビジネスとして大規模にコブラを飼育し始めます。自ら交配し育て上げたコブラを届け出て収入とするためです。

 やがて当局はこの事態に気づき、報奨金制度は廃止。用済みになったコブラはそのまま野に放たれ、野生のコブラの数は逆に増加してしまいました。これがコブラ効果の語源です。

 
 何らかの意図を持って規制をかけたり、制度を増設することによって、結果的に意図とは逆の効果をもたらしてしまうこと。これは意外とたくさんの例があります。

 

禁酒法の制定→治安の悪化

 1920年にアメリカで施行された禁酒法はアルコール飲料の製造・販売・輸送を全面的に禁止にすることによって治安や風紀、国民の健康状態を向上させることが目的でしたが、結果的にはアルコール闇市場が跋扈、アル・カポネを始めとするギャングが大儲けすると共に治安は劇的に悪化、結局、1933年に撤廃されました(参照:アメリカ合衆国における禁酒法)。

 

上限金利の引き下げ→ヤミ金の跋扈

 日本における上限金利は1954年の出資法施行当時で年109.5%だったものが、1983年に73.0%、1986年に54.75%、1991年に40.004%となり、2000年に29.2%まで引き下げられました。

 上限金利が引き下げられることは多くの利息を払わなくて良くなることなので私たちにとっても恩恵に与れることのように思いますが、実は「1.金利が引き下げられることは貸し手にとってはリスクヘッジが難しくなることなので、借り手への審査が厳しくなり借りたくても借りることができない人が出てくる」「2.金融機関の利益は金利からもたらされるので、金利が引き下げれることは貸し手の経営難を引き起こす」ことにより、結果的に、ヤミ金が跋扈する結果となっています(参考文献:『得する生活』橘玲、幻冬舎)。

 
 このように何らかの規制をかければ事態がすんなりと解決するとは限りません。規制を受けて人々が合理的に行動した結果、施行されて始めて思わぬ結果を生み出すこともあるのです。

 長時間労働の規制に話を戻すと、私はかつて自分が長時間労働に巻き込まれていた時には「とにかく法律で労働時間を厳しく規制しろ」と思っていたのですが、コブラ効果のことを考えれば、規制だけが問題解決になるとは限らないのかもしれないと思っています(参考記事:【コブラ効果】全くの逆効果になった5つの法律|歴ログ -世界史専門ブログ-)。

 

長時間労働規制における考え得るコブラ効果

 エンジニア情報サイト「fabcross for エンジニア」が発表した会社員・公務員1万145人を対象にした「残業に関するアンケート」(2017年)によれば、「残業する主な要因」として最も多かった回答は「残業費をもらって生活費を増やしたいから」で、「非常に当てはまる」「やや当てはまる」の合計が34.6%であるとしています。「生活のための残業」が常態化しているという事実がここにあります。

 
 また、ベネズエラ大統領ホセ・ムヒカ氏は2012年リオ会議(Rio+20)おけるいわゆる「伝説のスピーチ」において次のように述べています。

 私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。

リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ:ムヒカ大統領のスピーチ (日本語版)|Hana.bi

 
 現状、日本においても「生活残業」が蔓延しているということは、残業代ゼロ法案(残業の自由化)によって企業の生産性を上げることができるかもしれないことが示唆され、逆に、ベネズエラの例によれば労働時間が厳しく規制されること(残業の規制化)によって逆に長時間労働を招く可能性が示されています。

 
 私は残業規制に反対しているわけではありません。むしろ、私もかつて長時間労働をさせられていた立場から、個人的には労働時間は短いほうが良いと思っているし、いわゆるブラック企業は撲滅させられるべきであると考えています。政府の推進する「働き方改革」についても基本的には賛成の立場です。

 また、日本における長時間労働問題はただ単に時間だけが問題になっているものではありません。社会全体の閉塞感や村社会的な企業風土、やりがい搾取問題等が起因になっているものであり、ベネズエラにおける労働時間が伸びた例とは根本的に焦点が違うという指摘もあるでしょう。

 
 だけど、かつて私が考えていた「とにかく法律で労働時間を厳しく規制しろ」という方策は就労環境の改善に必ずしも繋がらないかもしれないということです。だとすれば、冒頭で述べたホワイトカラー・エグゼンプションに「家族だんらん法」としての効果が内包されているという見解も強ち間違いではない気もしてきます。

 いずれにしても、一人ひとりが自分に合った働き方を希望を持って選択できる世の中になり、この現代日本に蔓延る形容しようのない閉塞感が雲散霧消すれば良いと思っています。

 
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