風邪は、咳に始まり、咳に終わると考えられていますが、仮病でも同様です。
つまり、仮病で休むと申告する際には、咳を「コホン」とやるだけで「ああ、風邪だな」と伝わるわけです。
しかしながら、その技術は容易に見えながらも大変奥深いものです。
咳の奥深さ
咳は、仮病初心者がよく使う稚拙なものであるという見解もありますが、そうではありません。
事実、すれっからしの仮病使いにおいても、咳の仕方ひとつで相手を激しく撹乱させ、容易に説得し、有意義な休日を得ているのです。
百戦錬磨の仮病使いは口を揃えて、「頭痛だとか、熱が出たとか、そういったものは単なる小手先の技術にすぎなくて、馬鹿馬鹿しくてやる気にもならない」と言いますから、咳の技術の深淵さをうかがうことができます。
咳は職人技である
もちろん、練達の彼らはその技術を決して公開しませんから、その詳細なる術を容易に知ることはできません。これは経験で得ていくしかない技術であり、ほとんど職人技と言えることができるでしょう。
寿司職人においては「飯炊き三年握り八年」とよく言われますが、仮病職人界においては「咳出し三年休み八年」と表現されます。
当然ながらこれは、「咳の修行を三年間すれば、あとの八年は左うちわ」という意味ではなく、「八年間の休みを得るという気持ちで、とりあえず三年間は咳の鍛錬をせよ」ということです。
咳の練習を三年間も行うことは類まれなる才能も必要となってきますが、厳しい努力の末に八年間の仮病による休暇を得られると思って鍛錬せよとの励ましの言葉なのです。
十二年の休暇
実際に、現在世界最高の仮病職人においては、仮病の職場に電話をかける際、何も言葉を発することなく、その日の天候や相手の気分、株価、気圧など様々な要因を瞬時に検証・推測した上で、最もしかるべき咳を出します。
そうすることによって、上司に「大丈夫か? 今日はゆっくりと休みなさい」と言われることができるのですが、世界最高の仮病職人の場合はそれが十二年も毎日続いています。
これは、「大丈夫か? 今日はゆっくりと休みなさい」と十二年間も言い続ける上司の怠惰や寛容なのではなく、彼の稀有な才能と日々の努力によって結実した賜物であると言うべきです。
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