私の働く会社に、困った人員(Aさん)がいるのだった。
何が困ったかというと、自分のやるべき仕事をそっちのけで、人のやりかけの仕事に次から次へと手を出してくるのである。
Aさんは技術が極めて低く、作業スピードもすこぶる遅い。人の話は聞かない。言動は自分勝手。
他の人にとっては、作業場の隅で自分の仕事を黙々とやっていて貰いたいわけなのだが、Aさんは落ち着きがないためか作業場をうろうろしては、自信たっぷりに他の人の仕事に手を出し、口まで出していくのである。
結果、全員の生産性が下がるばかりか、Aさん自身の本来の仕事も滞るのである。
衆目の一致するところでは、Aさんは「仕事のできない人」である。
技術は低く、作業も遅く、自分の仕事は進まず、就業時間中の殆どの時間を全く意味のないことに費やしているからである。
でも、Aさん自身はどうやら驚くべきことに「自分が一番仕事ができる」と思っているらしいのだ。だから他の人の作業に手を出し、挙句、口を出すのである。
ひとつの結論が導き出せる。
つまり、「仕事のできない人は、自分が仕事ができないことに気づいていない」ということだ。
「愚か者は、自分が愚か者であることに気づいていない」実験結果
コーネル大学の心理学者が行った実験結果は、「仕事のできない人は、自分が仕事ができないことに気づいていない」ことをそのまま証明している。
「知識・見識・常識」を問う数々のテストで最悪の点数をとった連中は、自分たちの業績を最大限に過大評価している人たちだった。それに対して上位成績者には概して自分たちを過小評価する傾向が見られた。
仕事ができない・厄介者であるにも関わらず、なぜか自信過剰である者が職場に一人はいたりするのである。
逆に、仕事をきちんとこなし、品行方正であり、それなりに賢い者は、概して自己主張が弱かったりするのである。
それらの人たちが、それぞれ個性を認め合って仲良くやってくれればいいのだが、往々にして、仕事ができないにも関わらず自信過剰な者が社内を取り仕切り、真面目で自己主張の弱い者を攻撃し始め、イジメとまでなる場合があるから困るのである。
加えて、体育会系のノリが跋扈する企業においては、「実力のある者」よりも「やる気のある者」を評価する傾向にあり、従って、賢くて控えめな人物よりも、愚かだけど行動力のある人物が重用されたりする。
その結果、愚かだけど行動力のある上司が、愚かだけど行動力のある部下を評価し出世させることとなる。出世した人物は、愚かだけど行動力だけはあるから、愚かな仕事を次から次へと下へ押し付けてくるのである。悪循環。
私がかつて勤めていた小売店の話である。
話が逸れた。
問題は「愚か者は、自分が愚か者であることに気づいていない」「仕事のできない人は、自分が仕事ができないことに気づいていない」ということだ。
なぜ中小零細企業はすぐに倒産するか ―トップが自分の弱みに気づいていないから
経営コンサルタントであるマイケル・ガーバーは、「仕事のできない人は、自分が仕事ができないことに気づいていない」問題を一歩推し進めて、多くの中小零細企業がなぜすぐに倒産してしまうのかを論証している(『はじめの一歩を踏み出そう 成功する人たちの起業術』)。
例えば、美味しいラーメンを作ることに関しては右に出るものはいないと評判の者がいたとしよう。
彼は雇われの職人だったが、この度、独立して店を出すことになった。その技術は確かなので、誰もが成功を疑うことはなかった。
しかし、「美味しいラーメンを作ること」と「ラーメン屋を経営していくこと」とは、全く別物なのである。
彼はこだわりのラーメンを作ることに集中したかった。ので、経理・求人・事務などの仕事は雑務であり、邪魔であり、時間を費やすには無駄なことにしか思えなかったのだった。
確かにその店では美味しいラーメンを提供するかもしれない。だけど、ラーメン屋としての事業が軌道に乗るかどうかに関しては、別の問題なのである。
米国では毎年百万人以上の人たちが会社を立ち上げる一方、1年目に40%、5年目で80%以上が姿を消しているという。その多くは「事業の中心となる専門的な能力があれば、事業を経営する能力は十分に備わっている」という誤った仮定で事業を始めるからだ。実際には専門的な仕事をこなすことと、事業を経営することは全く別の問題だと述べる。帳簿をつけたり、人を雇ったりと、これまでに経験がないような仕事がわき出してきて、本業に手が回らなくなる。
『はじめの一歩を踏み出そう 成功する人たちの起業術』(マイケル・ガーバー著)推薦文 田中武
つまりは、中小零細企業の殆どが早期に倒産してしまうのは、トップが自分の弱みに気づいていなかったからとみなすことができるだろう。
ラーメン作りの腕が確かなことに自信過剰になってしまい、事業経営に必要な他のことが盲点だった。
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自分の弱みにどう対処するか
自分の強みを活かすことは重要である。と同時に、弱みに「気づく」ことも同じくらい肝要なのだ。
必ずしも弱みを強みに変える努力をする必要はない。それは無駄な努力となる可能性がある。
でも、弱みに「気づくだけ」なら誰にでもできる。
気付いた上で、どうするか、を考えるのだ。
上記ラーメン職人の失敗は、自分の弱点に気づいていなかったことに他ならない。自分の苦手なことを見て見ぬふりをしてしまった。
だから、彼がすべきだったことは、まずは弱みに気づくことだった。
・自分はラーメン作りが好きであり、自信を持っている(強み)
・だけど、それ以外のことにはあまりが興味がないと自覚する(弱みに気づく!)
そして、その弱みを踏まえた上で、どうするかを考える。
・今の店に勤めたまま、経営の勉強をして、独立を目指す
・独立ではなく、キャリアアップを目指す
・独立するにしても、経営はそれが得意な人(妻、あるいは他の信頼できる人)に任せて、自分はラーメン作りに集中できる環境で仕事をする
弱みという一見のデメリットがあったとしても、選択肢は意外と多いことに気づくだろう。
そして、それらの選択肢は、安直な失敗の可能性が排除されたものなのである。
弱みというデメリットに気づくことは、大きなメリットなのだ。
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まとめ:まずは弱みに気づくことを意識しよう
世界にとっての問題は、愚か者はみんな自信過剰であり、インテリはみんな疑り深いことだ。
バートランド・ラッセル(哲学者)
弱点や弱みに蓋をして見えなくしてしまうことには何の意味もないばかりか、間違った選択をしてしまいかねない。
実のない単なる自信過剰な人になってしまいかねない。
まずは自分の弱みに気づき、それを意識することから始めてみてはどうだろうか。
改善できればそれに越したことはないけど、まずは気づくこと・意識することが大事だ。
自分の苦手なことが何かわかっているだけで、他の人たちよりも一歩リードしていることになるのだ。
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